004 大滝アウトドアアドベンチャーズ

一歩一歩しっかり確実に事業を進め 次なるステップへ

伊達市大滝区を活動拠点に、支笏湖カヤックと氷筍ツアーの2本立てを実施する「大滝アウトドアアドベンチャーズ」。同社のこれまでの道のりと今後の展開について代表に語っていただきました。

酒井史明(さかい・ふみあき)
大滝アウトドアアドベンチャーズ代表
1970(昭和45)年、札幌生まれ。
明治学院大卒業後、渡米。北カルフォルニアでアウトドア経験を積む
2006年に帰国し、ニセコ・日高でのガイドを経て
支笏洞爺国立公園の中心部・大滝を拠点に事業をスタート

ホロホロ山荘のロビーにて、酒井史明さん
ホロホロ山荘のロビーにて、酒井史明さん

国際結婚の伯父と伯母に影響されて海外へ

アウトドアガイドの世界に入ったきっかけは、伯母と伯父の影響が大きかったですね。
伯母は、ボストンで旅行会社を経営していました。
札幌オリンピックが開催された1972年、フィンランド人のスポーツジャーナリストだった伯父と知り合い、結婚。2人には子どもがいなかったこともあり、実の子のように可愛がってもらいました。
そんな2人は世界中を駆け回ってスポーツジャーナリストの仕事をしていました。
わたしは中学生の時にアメリカでカヌーや森の生活を体験させてもらい、高校生の時にはフィンランドの国営スポーツ学校への短期留学の機会もいただきました。
この経験から将来は海外で生活したいと思うようになりました。
高校を卒業したらすぐにでもアメリカに行きたいと思っていましたが、カルフォルニア在住のもう一人の叔父から、「日本で教育の基礎をしっかり固めてから渡米したほうが良い」というアドバイスがあり、大学卒業後まで延期しました。そして就職活動を一切せずアメリカに飛び出していきました。

アウトドアスポーツのメッカともいえる北カルフォルニアでは、スポーツトレーナーと東洋医療を生業にスキーインストラクターやスキーキャンプなども時折していました。
北カルフォルニア西海岸の恵まれた環境で仲間と共にサーフィン、スキンダイビング、キャンプというライフスタイルで充実した毎日を送っていました。
帰国のきっかけは、子どもの教育環境を思ったことでした。
当時、9・11同時多発テロが発生し、治安を含めた生活環境が悪化の一途をたどっていました。
一方、時々帰省する日本は平和そのもの。長男が小学校に上がるタイミングで日本での生活を選択しました。
とは言え15年間の在米生活で私はすでに36歳。
もういちど原点に立ち返って人生を見つめ直す必要がありました。
自分は自然の遊びで育ち、スキーでもメシを食べてきた。
故郷の北海道で仕事をすることがめぐりめぐって子供たちを必ず幸せにする。と確信し帰国しました。
しかし日本でプロガイドになるのはとても遅い年齢です。挽回する為に、ニセコや日高のアウトドア会社では、先輩や仲間たちと夜遅くまで語り、徹底的にガイド業と向き合いました。
特に日高のHOAで学んだレベルの高いガイディングには感謝しています。

大滝氷筍探訪ツアー
大滝氷筍探訪ツアー

大滝の冬ツアーからスタート

大滝での事業のスタートは2008年からです。
冬の氷筍探訪、いわゆるにょろにょろツアーから始めました。
以前は有志によってこの洞窟を見に行くツアーのようなことをやっていたのですが、いかんせん、私有地を通らなければならないという問題がありました。
大滝村(現伊達市大滝区)としては、観光資源に使いたいが、野放しで地域問題になっている。だれかきちんと管理した形態でやってくれないだろうかという話しがあり委託を受けました。
大滝には、両親とクロスカントリーの有志らのログキャビンがありました。
この拠点が心のよりどころになり、観光協会や地元の方々にお世話になりスタート台に立つことが出来ました。
にょろにょろツアーは、妻と2人で開始。最初は、無料のホームページを自分で作って募集しましたが、週に数組という厳しい状況でした。
3年目くらいからですかね、宝島さんのおかげもあり、少しずつ知られるようになり徐々に増えていきました。

大滝のすばらしいフィールド
大滝のすばらしいフィールド

一方、夏は、長流川のダッキーツアーが最初でした。
2009年の春から、3年ほど実施していました。
ある年、強烈なゲリラ豪雨があり、その被害で川やフィールドが倒木や流木で破壊されてしまい、川のツアーは頓挫しました。
どこかで何かをやらねば・・・と必死になって探していましたが、1年間はアルバイトで食いつなぐ、絶望的な日々でした。
こんな感じで設立から3年間はドタバタ劇のとても厳しい毎日でした。

支笏湖でのカヤックツアー
支笏湖でのカヤックツアー

そんなある日、自然教育の講習会でニセコライオンアドベンチャーの仲間から「俺たちダッキーを使って、湖や海でも遊んでいるよ」と聞きました。
わたしの中では、ダッキー=川で使うもの、という固定概念がありました。けれど、その話しがヒントになりフィールドを支笏湖に向けたのです。
でもダッキーは直進性が悪い。
それでカヤックを買って始めることにしました。
2012年のころです。湖の西側には、美笛キャンプ場という野営場があるだけ。自然度は素晴らしい。
ここを調査すればするほどその奥深さに気がつき、この湖でカヤックツアーを開始することにしたのです。
カヤックも最初は2艇から。
ゲスト1組だけのツアーから始まり、徐々に増やして現在は15艇に増えました。

夏冬2本柱の事業展開

現在の事業の柱は2本です。
夏の支笏湖カヤックツアーと冬の大滝氷筍探訪ツアー。
人数比でいうと、夏と冬は8:2くらいでしょうか。
その9割ほどが道外からのゲストになります。内、5%くらいが海外からのお客様が占めるようになりました。毎年、伸びています。
きっかけは、香港の旅行雑誌「Uマガジン」に6ページに渡ってうちの氷筍ツアーのようすが紹介されたことによります。
この特集を見て香港からのお客様がツアーに参加され、その参加者がFacebookなどのSNSで拡散してくれ、どんどん増えてきました。
今、現地で発行されているガイドブックにはかなり詳しく北海道のことが紹介されています。
20〜30歳代の若い世代は、レンタカーを使って自分たちで行きたいところへ旅をするようになりましたね。
ここ3年くらいで急激に増えたように思います。

現在、スタッフはわたしを入れて7人で運営しています。
通年雇用の正社員2人とヘルプガイド4人。
技術や経験は問わない主義です。
そういったことは後から付いてきます。
それより、長く一緒に仲間でいられるとういう意味で、心根がしっかりした人と仕事がしたい。
お互いに信頼しあい、お互いを大切にして働いています。
わたしの経験では、中長期の長いスパンの目標を立てて進んでもうまくいかないことが多かったです。
一歩一歩、階段を上るような展開が性にあっているようです。
ひとつの事業が軌道に乗り安定した時、次の段階へ・・・と。確実に積み上げていくやり方です。

夏場は休みがないほど忙しい代わりに、早春と晩秋はインプットの時。
身体と頭を休め、新たな刺激を受ける旅に出ます。
ガイドの1人は、ちょうど今、ニュージーランドへ「武者修行の旅」に出ています。
毎年、有給休暇を使って2ヶ月間海外へ行っています。
若い時にはいろんな経験をしておいた方がいい。いろんな経験が後々、役にたってきます。
私はスキンダイビングが好きで南の島へ妻と出かけています。

おばとおじのメモリアルハウス前にて
おばとおじのメモリアルハウス前にて

ここは私の恩人である伯父と伯母のメモリアルハウスで、クロカン仲間や友人たちが集まるログキャンビンです。
2人はクロスカントリーを愛していて、大滝の国際大会を提唱し尽力をつくしてきました。
大滝でクロスカントリーを続けてほしい、自然を守ってほしいというのが2人の遺言。
わたしはその想いをこれからも引きつぎたいと思っています。

 

 

撮影・文 花岡俊吾(北海道体験.com)

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